AIは戦争の証言者になれるのか

著者撮影2025年11月16日 広島,原爆ドーム
2026年8月15日。日本は戦後81年を迎えた。
政府は毎年この日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」と定め、先の大戦で亡くなった約310万人を追悼している。日本武道館では今年も全国戦没者追悼式が行われた。時間が経つにつれ、戦争を自ら経験した人の声を直接聞ける機会は確実に減っている。
戦争を体験した人がいなくなった後、誰が戦争を語るのか。
その問いに対する一つの答えとして、AIが使われ始めている。
広島市が製作した「被爆証言応答装置」では、利用者が画面の中の被爆者へ質問すると、AIが質問を分析し、あらかじめ録画されたインタビュー映像から適切な回答を選んで再生する。利用者は、被爆者本人と対話しているような形式で、その体験を聞くことができる。
ただし、広島市はこの装置について、重要な説明を加えている。
AIが被爆者に代わって回答を生成するものではない。映像や音声を新たに合成するものでもない。AIが行うのは、実際に記録された言葉の中から、質問に対応する部分を探し出すことだけである。広島市「被爆証言応答装置の製作」
これは、単なる技術仕様ではない。
そこには、AIが越えてはならない境界線が示されている。
証言を探すAIと、証言をつくるAI
海外でも同様の試みが進められている。
南カリフォルニア大学ショアー財団の「Dimensions in Testimony」では、ホロコーストやジェノサイドの生存者に対して多数の質問を行い、その回答を立体的な映像として事前に記録している。鑑賞者が質問すると、自然言語処理によって対応する映像が選ばれ、本人が答えているように再生される。USC Shoah Foundation「Dimensions in Testimony」
ここでも、AIは新しい証言を生成しているわけではない。
本人が実際に語った言葉を探し出している。
この違いは決定的に重要である。
AIが証言を「探す」だけなら、その言葉の責任は、語った本人と記録の中に残る。しかしAIが証言を「つくり」始めた瞬間、その言葉が誰のものなのか分からなくなる。
たとえば、すでに亡くなった被爆者の映像と声を生成AIで再現し、記録されていない質問にも答えられるようにしたとする。
「そのとき、何を考えていましたか」
「戦後の日本をどう思いますか」
「現在の戦争を見たら、何と言いますか」
生成AIは、おそらく何らかの答えを返すことができる。過去の証言、著作、時代背景などを組み合わせ、本人が語りそうな文章をつくるだろう。
その答えは、いかにも本人らしく聞こえるかもしれない。
しかし、それは証言ではない。
本人が語らなかった言葉を、本人の顔と声によって語らせているからである。
AIは沈黙をエラーだと考える
現在の生成AIは、問いに答えるようにつくられている。
質問に対して何も返さなければ、役に立たないAIだと評価される。「分からない」「記録がない」「答えられない」という応答は、可能な限り減らすべき欠陥として扱われやすい。
だが、戦争の証言において、沈黙は欠陥なのだろうか。
語れなかったことがある。
思い出せなかったことがある。
あえて語らなかったことがある。
何十年たっても言葉にできなかった体験がある。
証言の途中で長く続く沈黙、震える声、言い直し、矛盾、拒絶。それらは情報として整理すれば「欠損」や「ノイズ」に見えるかもしれない。しかし、その語れなさ自体が、戦争によって人間に何が起きたのかを伝えている。
生成AIは、その空白を埋める。
途切れた文章を完成させ、矛盾を整え、分かりやすい因果関係を与える。そして、本人が最後まで言えなかったことに、もっともらしい結論を加える。
そうして出来上がるのは、滑らかで、理解しやすく、いつでも質問に答えてくれる証言者である。
しかし本当の証言者は、いつでも私たちの質問に答えるために存在していたわけではない。
戦争体験者を、死後も無限に応答する装置に変えてよいのだろうか。
AIは歴史の空白も埋めてしまう
これは想像上の危険ではない。
UNESCOは、生成AIがホロコーストの歴史を歪める危険について報告している。