生成AIで画像をつくると、なぜ、医者は男性で、看護師は女性ばかりになるの?

AI時代のフェミニズムと、エラーとしての身体
生成AIで「医者の画像をつくって」と入力すると、白衣を着た男性が出てくる。
「看護師の画像をつくって」と入力すると、やさしく微笑む女性が出てくる。
もちろん、毎回そうなるわけではない。最近の画像生成AIは、以前よりも多様な出力ができるようになっている。しかし、それでもなお、何も指定しないプロンプトに対して、AIはしばしば「医者=男性」「看護師=女性」という古いイメージを返してくる。
これは単なる偶然ではない。
AIが「現実を写している」からでもない。
むしろ、AIは社会にすでに埋め込まれている偏見を、もっとも自然そうな顔で再演している。
2025年の医療職に関する画像生成AIの研究では、複数の画像生成モデルに病院関連の職業を生成させたところ、すべてのモデルが看護師を女性として出力し、外科医は主に男性として描かれたと報告されている。さらに「corporate」「beautiful」といった一見なにげない修飾語によって、男性性・女性性の出方が変化することも示された。つまり、AIの偏見は「doctor」「nurse」という職業名だけでなく、言葉の雰囲気や社会的なコードにまで染み込んでいる。(arXiv)
では、なぜこうなるのか。
画像生成AIは、膨大な画像とキャプションの組み合わせから、「どんな言葉の近くに、どんな画像がよく現れるか」を学習する。インターネット上に、男性医師の写真、女性看護師の広告素材、白人男性のCEO、若く微笑む女性アシスタントの画像が大量にあれば、AIはそれを「世界の平均的な姿」として覚えてしまう。
しかし、ここで重要なのは、AIが学んでいるのは現実そのものではなく、現実がどのように撮影され、広告化され、検索され、分類され、タグ付けされてきたか、ということだ。
社会には、すでに偏った視線がある。
その偏った視線によって、ある人々は何度も画像化され、ある人々は画像化されない。
ある職業は男性的に描かれ、ある職業は女性的に描かれる。
ある身体は「標準」とされ、ある身体は「例外」とされる。
AIはそこに、さらにもう一枚の分類装置を重ねる。
AIは「偏見を持つ」のではなく、「偏見を平均化する」
AIが差別的なのだ、と言うのは簡単だ。
しかし、もう少し正確に言えば、AIは人間社会の偏見を、統計的にもっともらしい形へと変換する。
たとえば、Stable Diffusionに関する研究では、性別を指定しない中立的なプロンプトが、女性的な表象よりも男性的な表象に近づきやすいことが示されている。つまり、「人間」「専門家」「働く人」といった中立に見える言葉の背後に、男性がデフォルトとして潜んでいる。(arXiv)
これは、フェミニズムが長く批判してきた問題と深くつながっている。
「人間」と言ったとき、それは誰を指しているのか。
「標準的な身体」と言ったとき、それは誰の身体なのか。
「働く人」と言ったとき、そこには誰が想定されているのか。
キャロライン・クリアド=ペレスは『Invisible Women』で、社会制度、都市設計、医療、労働環境、製品開発などが、いかに男性を標準として設計されてきたかを「ジェンダー・データ・ギャップ」として論じた。彼女の議論の核心は、女性が単に不当に扱われているというだけではない。そもそもデータの中に女性が十分に存在していない、あるいは存在していても男性を基準に処理されてしまう、という点にある。(carolinecriadoperez.com)
生成AIは、この問題をさらに見えにくくする。
なぜなら、AIの出力はあまりにも滑らかだからだ。
「医者」と入力して男性が出てきても、それはあからさまな差別発言には見えない。
「看護師」と入力して女性が出てきても、それはただの自然な画像に見える。
しかし、その自然さこそが危険なのだ。
偏見は、暴言として現れるとは限らない。
むしろ、偏見は「自然なもの」として現れる。
「女性も出せばいい」で終わる問題ではない
この問題への対策として、よく言われるのは「もっと多様なデータを入れればいい」「プロンプトで女性医師と指定すればいい」「出力の男女比を調整すればいい」というものだ。
もちろん、それは必要だ。
しかし、それだけでは足りない。
なぜなら、「女性医師を出す」という修正は、しばしば既存の分類枠をそのまま温存してしまうからだ。男性医師、女性医師。男性看護師、女性看護師。多様性を増やしたように見えても、結局は「職業」と「性別」をきれいに対応づける枠組み自体は残っている。
さらに問題なのは、AIが性別を二項対立として処理しがちなことだ。
男か女か。
男性的か女性的か。
標準的か例外的か。
安全か危険か。
正しいかエラーか。
ここに、AI時代のフェミニズムの重要な論点がある。
フェミニズムは、単に「女性をもっと表象せよ」という運動ではない。
それは、誰が標準とされ、誰が例外とされるのかを問い直す思想である。
誰の身体が自然とされ、誰の身体が説明を求められるのか。
誰の労働が専門性として扱われ、誰の労働がケアや補助として扱われるのか。
誰が主体として描かれ、誰が背景として描かれるのか。
生成AIの問題は、この問いをきわめて露骨に可視化する。
グリッチフェミニズムという視点
ここで、レガシー・ラッセルの『Glitch Feminism』を参照したい。
ラッセルは、グリッチを単なる故障や失敗としてではなく、既存の身体観、ジェンダー観、アイデンティティの制度を揺さぶる可能性として捉える。Verso Booksによる紹介でも、この本は「身体、ジェンダー、テクノロジーのあいだのグリッチに解放を見出す」サイバーフェミニズムのマニフェストとして位置づけられている。(Verso)
グリッチとは、システムが期待通りに動かない瞬間である。
画面が乱れる。
音が割れる。
画像が崩れる。
分類が失敗する。
名前がつけられない。
どちらにも属さないものが現れる。
普通、システムはそれを修正しようとする。
エラーを取り除く。
ノイズを消す。
異常値を除外する。
不適切な画像をフィルタリングする。
曖昧なものを、もう一度、正しい分類へ戻す。
しかし、グリッチフェミニズムは、その「失敗」の中に政治的な可能性を見る。
AIが「医者」を男性として描いてしまうとき、問題は単に女性医師が描かれていないことではない。
むしろ、「医者らしさ」というイメージが、すでに男性性によって安定化されていることが露呈している。
AIが「看護師」を女性として描いてしまうとき、問題は単に男性看護師が少ないことではない。
むしろ、ケアの労働が女性性に押し込められてきた歴史が、画像として再生されている。
このとき、グリッチとは、AIの失敗ではなく、社会の失敗が見えてしまう瞬間である。
生成AIは未来を描いているのではなく、過去を滑らかにしている
生成AIの画像は、未来的に見える。
しかし、その中身はしばしば過去の圧縮である。
過去に多く撮影されたもの。
過去に多く広告化されたもの。
過去に多く検索されたもの。
過去に多く「正しい」とラベル付けされたもの。
それらが、未来的なインターフェースを通して、もう一度現れる。
だから、生成AIの画像は新しいようでいて、非常に古い。
それは、古い性別役割分業を、最新の技術で再描画している。
UNESCOも、生成AIが女性を家庭、家族、子どもと結びつけ、男性をビジネス、役職、給与、キャリアと結びつける傾向があると報告している。テキスト生成AI(LLM)の研究では、女性が家庭的な役割で描写される頻度が男性の4倍に達したという。(ユネスコ)
ここで起きているのは、「AIが悪意を持っている」という話ではない。
むしろ、悪意がないからこそ厄介なのだ。
AIは、誰かを差別しようとしているわけではない。
ただ、もっとも確率が高いものを出している。
ただ、学習データの傾向に従っている。
ただ、ユーザーが満足しそうな画像を出している。
しかし、差別はしばしば「ただそうなっている」という形で存在する。
悪意ではなく、慣習として。
命令ではなく、初期設定として。
暴力ではなく、自然さとして。
「正しい画像」を求めることの危うさ
では、私たちはAIに何を求めるべきなのだろうか。
「医者を女性としても出してください」
「看護師を男性としても出してください」
「多様な人種を出してください」
「年齢や体型も偏らないようにしてください」
こうした要求は重要である。だが、そこには別の危うさもある。
AIに「公平な画像」を出させようとするとき、私たちはしばしば、新しい正常性を設計してしまう。
男女比は何対何が正しいのか。
どの人種をどれくらい含めるべきなのか。
どの身体を多様性として表示するべきなのか。
どこまでが包摂で、どこからがトークン化なのか。
多様性は、チェックリストになるとすぐに死んでしまう。
本来、フェミニズムが問うてきたのは、「正しい男女比」だけではない。
もっと根本的には、誰かの存在が、なぜ数値や分類によって初めて認められるのか、という問いである。
生成AIの問題も、ここにある。
AIは、世界を生成する前に、世界を分類する。
そして分類できるものだけを、生成しやすくする。
分類しにくいもの、曖昧なもの、名前のないもの、統計的に少ないものは、出力の外へ追いやられる。
つまり、生成AIにおけるフェミニズムの課題は、女性をもっと表示することだけではない。
分類の制度そのものを疑うことだ。
画像生成AIの本当の怖さは、偏見を「美しく」すること
生成AIの出力は、美しい。
光が整っている。
構図が整っている。
肌が整っている。
表情が整っている。
職業のイメージが整っている。
だからこそ、怖い。
ある生成AI研究では、Midjourney、Stable Diffusion、DALL-E 2が職業画像を生成する際、女性やアフリカ系の人々に対する偏りを示し、その偏りが労働統計やGoogle画像検索よりも強く現れる場合があると